東京高等裁判所 昭和43年(ネ)820号 判決 1969年12月23日
控訴人(原告)
X
代理人
川崎友夫
外二各
被控訴人(被告)
Y
代理人
和田良一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人らは、「原判決を取り消す。控訴人と被控訴人との間の昭和二七年一一月一七日付東京都○○区長宛婚姻届による婚姻は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり付加または補正するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一、控訴代理人らは、次のとおり述べた。
(一)、本件のように、一方の当事者不知の間に相手方当事者によつて勝手に婚姻届がなされたときは、婚姻が成立しないのであり、不成立の婚姻について追認を認めることは、理論的に不可能である。
かりにそうでないとしても、取り消しうべき婚姻の追認は民法七四五条二項および七四七条二項の認めるところであるが、無効な婚姻の追認を認める規定は存在しない。民法総則の規定は身分行為に適用されないのみならず、かりに類推適用されるとしても、民法一一九条によれば、当事者が無効な行為を追認したときに新たな行為をしたものとみなされるのであつて、遡及的追認は認められない。しかも、婚姻が届出によつてのみ効力を生ずるものである以上無効な婚姻を追認しても、新たな届出がされないかぎり、有効な婚姻となるものではない。
(二) 昭和二七年一〇月三日最高裁判所第二小法廷判決(民集六巻九号七五三頁)は、無効な養子縁組の追認およびその遡及的効力を認めているが、これは、代諾権を有しない者の代諾による養子縁組という事案の特殊性に由来するものであり、身分行為一般に適用することは許されない。
(三) また、かりに本件婚姻が無効であり、これについて追認が認められるとしても、そのためには、控訴人において婚姻の効果意思を有しかつ婚姻の無効原因を認識していることを要するものであるところ、控訴人は昭和三四年までは本件婚姻届の存在を全く知らず、同年○○区役所○町分室より戸籍謄本の交付を受けて婚姻届の存在を知つてからも、被控訴人との婚姻の意思は全くなく、ただ婚姻の無効であることを表面化することが未成年の子女に悪影響を及ぼすことをおそれ、かつ控訴人が大学教授の職にあつた関係で世間体をとりつくろう必要があつたために、外見上さも夫婦らしく振舞つたにすぎない。さらに、本件婚姻について追認を認めうるものとしても、そのためには、婚姻の意思のほか婚姻の実質を有する生活事実の存在を必要とするのであるが、昭和三四年控訴人が本件婚姻届の存在を知る以前の生活事実は、追認の基礎たる事実として斟酌することは許されない。しかし、かりにこれが許されるとしても、被控訴人は、昭和二五年一月△区△町の控訴人の許に呼びよせられて以後控訴人の身の廻りの世話を一切せず、控訴人に無断で借金、入質等をし、家をあけて外出することが多く、子女に対してはもちろん、知人、親戚、近隣の者および控訴人の勤務先である大学にまでも控訴人の悪口を言い伝え、控訴人を冷眼視するにいたらしめ、ついに昭和二九年九月控訴人を家出に追いやつたのであつて、その間夫婦関係を結んだことは一度もなく、婚姻の実質は全く存在していなかつた。さらに、控訴人が昭和三一年三月頃特別区民税申告書に被控訴人を続柄妻と表示したのは、税額を安くしてもらいたかつたがゆえであり、住民登録の世帯主続柄妻被控訴人の記載は、被控訴人みずから住民登録の手続をしたことによるものであり、控訴人が昭和三五年一〇月被控訴人とともに長女の結婚式に列席したのは、前記のように世間体をとりつくろうためであつて、いずれも婚姻の追認を認めるべき事由とはなしえないのみならず、控訴人は前記のとおり昭和二九年九月△区内の被控訴人の許を去つてからは東京都内の知人を転転としており、控訴人と被控訴人との関係は完全に破壊されて歳月もすでに久しいのであつて、本件婚姻が無効であることは、疑をいれる余地がない。
二、証拠<略>
理由
一<証拠>および弁論の全趣旨によれば、控訴人(明治三五年一一月九日生)と被控訴人(明治四五年四月二二日生)とは昭和一二年三月一五日婚姻し、両者間に長女(昭和一二年八月二八日生)、長男(昭和一六年一二月九日生)および二女(昭和一九年一月一日生)が出生したが、昭和二四年一一月一七日協議離婚をしていることが認められる。
次に、<証拠>によれば、昭和二七年一一月一七日東京都△区長にあてて控訴人と被控訴人との婚姻届出がなされ、被控訴人が同日肩書本籍の控訴人の戸籍に入籍したことが認められる。
二控訴人は、右婚姻届出のなされた昭和二七年一一月一七日当時被控訴人は家政婦として控訴人と同居していたにすぎず、控訴人としては、被被控訴人と婚姻する意思も婚姻届出をする意思も全くなかつたのであり、右婚姻届出は控訴人不知の間になされたものであるから、右婚姻は無効であると主張し、被控訴人は、これを争つて、右婚姻届出当時控訴人と被控訴人とは、実質的にも夫婦関係にあり、右届出も控訴人においてこれを承諾していたと主張するから、考えるに、<証拠>ならびに 弁論の全趣旨によれば、右婚姻届出にあたつては、被控訴人が届出用紙を自己の姉であるN子方に送付して、証人としての署名押印を依頼し、同女がこれに応じてみずから証人として署名押印したうえ、その夫N男の諒解のもとに、証人として同人の署名をも代筆押印して、これを被控訴人のもとに返送し、被控訴人において自己の署名押印のほか控訴人の署名欄にみずから控訴人の氏名を記載し押印して、届出をしたものであり、控訴人としては、右届出について被控訴人に対して承諾を与えたことがなく、右のような経過で婚姻届出のなされた事実を全く知らず、また被控訴人に対して右届出の事実を報告もしていないことが認められる。原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)中には、被控訴人が右届出の数日前控訴人に対して届出につき承諾を求め、控訴人がこれを諒承した旨の部分があり、右承諾を求めた事実の存在は窺われないでもないが、これに対して控訴人が承諾したことすなわち控訴人において届出の確定的意思を有していたことは、これを認めるに足りない。ほかに右婚姻届出に関する前記認定を覆えすに足りる証拠はない。してみれば、右婚姻届出は控訴人の意思に基づくことなく、控訴人の全く不知の間になされたものというべきであるから、右婚姻は無効であつたものと認めるのが相当である。
三ところで、被控訴人は、右婚姻が控訴人の意思に基づかない届出によつて成立したから無効であるとしても、その後控訴人の追認によつて有効となつたと主張するから、この点について判断する。
婚姻の届出がほしいままに当事者間に婚姻の意思も夫婦としての実質的生活関係も存在していない場合には、右婚姻を不成立もしくは無効をもつて論ずべきことは明らかであるが、当事者の一方が相手方不知の間にほしいままに婚姻届をした場合であつても、その当時当事者間に夫婦としての実質的生活関係が存在しており、相手方において右婚姻届を了知した後もなお右届出の効力を争うことなく、右生活関係を継続している等の事情があるときは、右届出が無効であつたとしても、相手方においてこれを追認するにいたつたものというべく、右追認によつて婚姻はその届出の当初に遡つて効力を生ずるものと解するのが相当である。
右のような見地に立つて、本件婚姻届がなされた経緯および右婚姻届後本訴提起がなされるにいたるまでの事情をみるに<証拠>ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(一)、被控訴人は、控訴人の母との折合がよくなかつたことおよび控訴人が余りに身勝手で被控訴人に対する理解に乏しかつたところから、控訴人との婚姻生活に対する希望を失ない、昭和二四年八月五日頃、長女および長男を残し、二女のみを伴つて××市内居住の姉T方に身を寄せたが、その後被控訴人からの申し入れによつて、同年一一月一七日前記のように両者の協議離婚届がなされた。
(二)、被控訴人が右のように××へ去つてからは、控訴人の母が長女および長男の養育にあたつていたところ、昭和二五年一月一一日母が急死したが、当時控訴人は片道二時間余を要する×××市内の○○学院大学に通勤しており、右二子の監護養育も思うにまかせなかつたため、控訴人の姉の夫Wおよび控訴人の親戚筋にあたるHらが見かねて、控訴人に対して被控訴人を復縁させるよう提案し、控訴人も当初はこれに反対したものの、子女の養育のためやむをえないものと考えるに至つたが、意地をはつて、家政婦代りということで、これを承諾し、ここに被控訴人は昭和二五年一月下旬頃から東京都△△区△町の控訴人方において、控訴人と同居するようになつた。
(三)、このようにして、控訴人と被控訴人とは再び三人の子女とともに同居生活を開始し、控訴人において被控訴人および子女の生活費教育費等の経費を負担し、被控訴人において生計の切り盛りをして、子女の養育にあたり、また、右同居の当初控訴人が淋疾に罹患していたためか途絶えていた性交渉も一、二か月後には復活しており、控訴人および被控訴人とも子女にはもちろん近隣の者に対しても右協議離婚の事実を知らせていなかつたこともあつて、右同居後も、親族の一部を除き、子女も近隣の者も、控訴人と被控訴人とが夫婦であることについて疑いを抱くものは殆んどなかつた。
(四)、ところで、控訴人は前記のように身勝手な性格であるうえ、異性関係も多く、被控訴人と同居してからも異性関係が絶えず、外泊することがあつたが昭和二九年九月頃までは、前記△△区内の住居を生活の本拠としており、時には子女を伴つて被控訴人と共に百貨店に買物に行くなどして、家に在つてはつとめて家族としての団楽の日を送つていた。
しかし、控訴人は、昭和二九年九月頃から他に間借りし、女を囲うなどして、次第に外泊することが増えたが、それでも、月の半ばは被控訴人の許に帰つて共同生活を続けており、子女の学校関係の用件も主として控訴人が携わつていた。しかしながら、右のような控訴人の生活態度が子女に悪影響を及ぼさない筈はなく、子女の心は次第に控訴人を離れ、控訴人と被控訴人との融和も次第に失なわれ、遂に控訴人は昭和三五年九月頃前記△△区内の住居から寝具類を他に搬出して、被控訴人と別居の状態になるにいたつたが、被控訴人や子女に対する生活費の交付、郵便物の受取その他の所用もあつて、時々△△の被控訴人方に戻つていた。
(五)、その間前記のように、昭和二七年一一月一七日被控訴人の手によつて婚姻届がなされたのであるが、昭和二九年三月頃長男の○○中等部の入学手続に際し、控訴人が自ら戸籍謄本を取り寄せた際、控訴人は戸籍謄本を見て、再度婚姻届がなされ、被控訴人が妻として入籍されている事実を知つたが、これについては何ら触れることなく、前記の通り、被控訴人や子女と生活を共にしていたし、昭和三一年三月二九日控訴人は昭和三一年度の特別区民税申告にあたり、申告書に被控訴人を妻Yと記載して、これを区役所に提出した。また、右別居後間もない昭和三五年一〇月長女の結婚披露のパーティに被控訴人とともに出席していながら、右婚姻届が自己に無断でなされたことまたは婚姻届のなされた経緯などについて一度も被控訴人に問いただすこともなく、又昭和三六年八月控訴人の所属する私立学校教職員共済組合において、被控訴人を控訴人の妻Yとして認定されながら、異議を唱えず、被控訴人に対して医療のため右趣旨の記載のある共済組合員証を使用させるなど、婚姻届の件については何ら問題のおきることなく、別居後約四年の歳月が経過した。
(六)、しかるに、控訴人は、昭和三九年七月にいたつて、被控訴人に対してあらかじめなんらの交渉をすることもなく、突如として東京家庭裁判所に対して右婚姻につき婚姻無効の調停申立をし、これが不調となるや、本訴提起に及んだものである。
以上の事実が認められ、<反証排斥―略>殊に、控訴人は原審および当審における本人尋問において、「昭和二九年三月頃長男の○○中等部入学の手続をするに際し戸籍謄本を取寄せたが、内容を見ずに学校に提出した」と供述しているが、当時迄控訴人は、戸籍上被控訴人と離婚したまゝになつていると思つていたことは、前記の通りであるから、戸籍謄本の提出によりその事実が学校側に知れ、長男が欠損家庭の子弟として扱われる危虞を持たない筈がなく、その場合実際には控訴人は被控訴人や長男と同居しているので、その点のつじつまをどう合わせるかについても関心を持つのが当然であるし、さきに触れた通り、被控訴人よりかつて婚姻届の話がでたことがあるのであるから、これらの点を考えあわせて、戸籍謄本を取り寄せた際に内容を確めてみるのは、むしろ当然というべきであつて、控訴人の前記供述は到底措信できない。<反証排斥―略>
そして、前認定事実によれば、控訴人と被控訴人とはさきに婚姻関係にあつたことがあり、右婚姻届出の当時嘗て法律上の夫婦として儲けた両者間の子女とともに夫婦親子としての共同生活を営んでいたものであり、控訴人が右婚姻届出の事実を知つた昭和二九年三月以后もその生活を続け、その後女性関係のため外泊が多くなつたにせよ、被控訴人との共同生活を絶つていたわけではなく、その後被控訴人と別居するにいたつてからも、約四年の間右婚姻届の効力を争う態度に出なかつたものであつて、このような事情のもとにおいては、控訴人は右婚姻届出を追認したものというべく、右婚姻はその届出のあつた時に遡つてその効力を生じたものと解するのが相当である。
なお、本件においては、控訴人と被控訴人とが婚姻の挙式をしたり、親族、友人や近隣の者に婚姻の挨拶や報告をした事実を認める資料はないが、右両名の年令、さきに婚姻関係にあり、その後離婚したことを両名間の子女をはじめの大部分の親族、友人、知人に秘していた事実などを考慮すれば、挙式等の事実がないことは右認定の妨げとなるものではない。
控訴人は、昭和三四年右婚姻届の存在を知つてからも、被控訴人と婚姻する意思は全くなく、ただ子女への影響を考慮し、世間態をとりつくろうために、夫婦らしく振舞つたにすぎないから、右婚姻を追認したことにはならないと主張するが、前記認定のとおり、右婚姻届の当時はもちろん、控訴人が右婚姻届の存在を知つた昭和二九年三月当時においても、いまだ被控訴人との間の共同生活関係が失なわれておらず、かつ、婚姻届の存在を知つた後約一〇年も右婚姻の効力を争う態度に出でなかつた事実に照らせば、右主張は到底これを採用するに足りない。
四よつて、本件婚姻の無効確認を求める控訴人の本訴請求は、理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同趣旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従つて、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(室伏壮一郎 園部秀信 森綱郎)